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essay52
長く使うという事
最近、僕のSAABは修理工場を行ったり来たりしている。

何度かこういった経験は過去にあるけれど、やはり憂鬱な気分になってしまう。

おそらく多くの方はSAABオーナーも含めて、こういった時に車を手放してしまうのだと思う。

特に僕の車は16年前(1990年式)の古い車なので尚更だ。


ある人が見たら僕の車はただのポンコツであるし、実際僕の子供たちはポンコツ呼ばわりしている。

大分くたびれてきているので、客観的に見てある意味そうだと僕も思う。

でも僕にとっては、この車は今も輝きを放っていて手放しがたい魅力を持っている。

他に乗りたい車もあるにはあるのだけれど、

SAABを手放してまで・・・、と考えるとなかなかその気にはなれない。

SAABを残してもう1台!なんて事が実現できればいいのだけれど、

欲しい車は何故か手のかかりそうなものが多く、経済的にかなり厳しい気がする。


これは最近よく耳にする「モッタイナイ」とは少し違う。

モノとしての寿命を全うするまで、最後までキチンと使ってやりたいと思う気持ちは似ているけれど、

ただの「丈夫で長持ち」とか「節約」とかいったものとは違い、

そこには良いモノとしての「愛着」あるいは「愛情」が必要不可欠である。


もちろん「丈夫で長持ち」ということを全くおろそかにして、

ただの嗜好品としてのみ存在し、実用品ではないモノとは全く意味合いが異なります。

「丈夫で長持ち」なモノだろうと所有している人自身が

そのモノに飽きてしまったり、愛着を持てなくなってしまった場合、

そのモノ自身の寿命とは全く関係なく捨て去られてしまう。


そもそもクルマや家なども含めて全ての道具が使う為に存在しているものだし、

実際昔は道具は使えなくなるまで使うといった事が普通だったと思う。

購買意欲をあおり、次から次へと消費させる現代の風潮には時々辟易させられる。

結果的にロクでもないモノまで市場に出回り消費されていく事になる。

大量生産と大量消費社会、そして過剰な市場主義がいわゆる使い捨て文化を増大させている。


もちろん大量生産によりコストが下がり、安定して商品を低コストで供給できるという恩恵も無視できないし、

それによって企業の利益となり、それが従業員の収入となり、社会全体が裕福になるという事も言える。

しかし、全てにおいてそれが優先するのだろうかという疑問を僕は持たずにはいられない。


では長く使えるモノとは一体どういうものなのだろうか。

デザインが良いとか、使いやすいとか、エネルギーを感じるとか・・・。

それは人によって様々だと思うけれど、

モノの形から感じ取れる世界観だったり、使ってみて分かるそのモノをつくった人間の哲学だったり・・・、

そういった流行を越えた共感を感じさせるモノが結果として長く使うモノになっていくと思う。


気に入ったものを長く大切に使うという事、それはとても心温まる世界だと僕は思う。

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