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essay1
アルバイト時代
まだ僕が大学生だった頃なので、もう15年ほど昔のことになるのだけれど、

大学3年生の終わりごろから名古屋の設計事務所でアルバイトをしていた。

その時にはもう大学の建築学科に通っていたわけだから

将来は建築の設計の仕事に就こうと漠然と考えていた。

昔から絵を描くことが好きであったし、

建築というものにも少なからずの興味は持っていた。

当時のアルバイト代は時給500円だった。

今はもちろんだけど、これは当時としてもかなり安い時給の部類に入る方だと思う。


設計事務所でのアルバイトは主にスタッフの人が

赤ペンでチェックを入れた図面を修正したりすることがほとんどだった。

そこの設計事務所には建築の本がとてもたくさん置いてあり、

仕事の合間を見てその建築の本をよく見ていた。

そんな時にある建築家の一冊の作品集を見た。

建築家の名前はマリオ・ボッタといい、スイスの建築家だった。

もちろん当時もマリオ・ボッタは世界的な建築家だったが、

恥ずかしながらその名前を知ったのはその時が初めてだった。

その作品集には彼の設計した住宅やらビルやらが載っていた。

それらを見た時に僕は、本当に体の震えが止まらなかった。

なんてカッコいい建物なんだろうと正直に思った。

スイスの自然に対峙しながら、コンクリートブロックという質素な素材を用いた建物は

造形的な形とあいまって、大胆に、またとても注意深く開けられた窓など、

今まで目にしていた建物とは明らかに違って見えた。

今までも、建築の写真集を見ながらも、感心する事はあったけど、

何の理屈もなく心を打ち震わせたことはなかった。

それは単なる「建物」ではなく、明らかに「ケンチク(建築)」だった。

デザインなんていう言葉では表しきれない何かが確かにそこにはあった。

そしてこういうのが建築なんだとはじめて知った。


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